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芥川龍之介『鼻』が伝えたいことは?テーマ考察と感想

芥川龍之介『鼻』が伝えたいことは?テーマ考察と感想 古典名著

芥川龍之介の短編小説『鼻』は、長い鼻に悩む僧侶・禅智内供(ぜんちないぐ)の話です。

この記事では

  • 『鼻』が伝えたいこと……作品のテーマ・教訓を考察
  • 個人的な感想(印象に残った部分・面白いところなど)

をお伝えしていきます。

イラスト付きの簡単なあらすじはこちらから

【考察】芥川龍之介が伝えたかったこと

人の視線

この作品が伝えてくるテーマは

「問題だったのは身体的なコンプレックスではなく、他人の視線に縛られた心」

だと思います。

ところが「他人の視線」も読み間違えていた内供。

このあたりにも直接的な教訓が書かれています。

人間は利己主義

内供を笑う弟子たち

 ――人間の心には互に矛盾
むじゅん
した二つの感情がある。勿論、誰でも他人の不幸に同情しない者はない。所がその人がその不幸を、どうにかして切りぬける事が出来ると、今度はこっちで何となく物足りないような心もちがする。

鼻が通常の大きさに戻り、「これでもう変な目で見られない!」と思った内供。

しかし弟子たちは鼻が通常の大きさになった内供を笑ったのです。

同情をひく容姿でなくなったら、逆に周囲の態度が悪くなった。

「利己主義」という言葉でまとめられていますが、

  • 人は他人の不幸を笑うのが好きで、幸福を素直に喜べない

というのが生々しく描かれています。

自分の望みは「本物」か?

○○さえ手に入れば幸せになれると夢見ている人

欲しいと思っていたものを手に入れたのに、幸せになれない内供。

これは現代でもよくある真理です。

  • お金が欲しい
  • 有名になりたい
  • 恋人が欲しい

しかし実際に手に入れてみると、「こんなものか」「あまり嬉しくないかも」という気持ちに陥る。

「〇〇さえ手に入れば幸せになれる」という願望は幻想かもしれない。
そういうこともあるよ、という教訓ですね。

だからといって、手に入れてみないとわからないところはあるので……

民間療法を試してみた内供のように、そこまで危険が伴わないなら「突き進んでみること」は良いと思います。

作品全体の哲学的なテーマ

視線が気になってうずくまる人

そして作品全体としては

「人間の苦しみは、欠点そのものではなく、それをどう見られるかという執着から生まれる」

という問題に行きつきます。

内供は鼻そのものが嫌だったのではなく、「他人にどう見られるか」を恐れていました。

だから鼻が短くなっても、今度は「短くなったと思われること」が気になりました。

問題は鼻ではなく、他人の視線に縛られた心ということです。

感想

個人的な読書感想です。

  • 面白いところ
  • 印象に残った部分

に分けてお伝えします。

【面白い点】鼻コンプレックスだけの話

鼻

キノピオ以上に鼻の長さだけの話。最初から最後まで内供の鼻の話。

実際に15センチの鼻を持つ人を見たわけでもないだろうに、リアリティ増し増しで面白い。

ご飯を食べるときは持ち上げてもらうとか、一人の時に鼻が少しでも短く見える角度を探すとか、ほかに同じ人がいないかとか……

整形できる時代だったらもっと生きやすかったのかな?と思うとともに、コンプレックスに対する造詣が深いなと感心した。

【印象に残った部分】結末

長い鼻のまま晴れ晴れとした気持ちになっている内供

印象に残ったのはやはりラスト。

鼻が元の長さに戻ってしまったのに、晴れ晴れとした気持ちになった内供に「そういう終わり方するんだ…!」と少しびっくりした。

短くなった鼻に笑う周囲は、整形して美人になったのに「前と違うw」と馬鹿にするようなものだ。

しかし内供はその性格の悪い周囲の価値観にあわせ、「笑われないこと」を優先させた。

一度短くなったからこその結論。
本人がコンプレックスを軽くできた状態はハッピーエンドではある。あるのだが……

いややはり、周囲の性格も悪い。
お坊さんの弟子なら、他人を思いやる心は必須だぞと言いたい。

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