横光利一の短編小説『蠅』。
大正時代、真夏の宿場町を舞台に、
「一刻も早く馬車で街に行きたい乗客たち」と「怠惰な馭者(御者)」が蠅視点で描かれます。
この記事では
- わかりやすいあらすじ(結末まで)
- 蠅の役割
- この作品の伝えたいことは?
を解説していきます。
蠅の役割は「視点ビデオカメラ」

あらすじの前に、タイトルについて解説します。
最初から登場するにもかかわらず、特に登場人物たちに影響を及ぼさない「眼の大きな蠅」。
この短編で蠅は「視点ビデオカメラの役割」を担っています。
飛ぶことを考えると、ドローンカメラのイメージにも近いですね。
- 現在起こっていることを、そのまま映し出して読者に伝える
- 特に感情はなく(描かれず)自分の安全だけ確保する
これが蠅の役割です。
『蠅』の簡単なあらすじ

大正時代、真夏の宿場町。
宿場町とは?
昔は栄えていたが、今は地方交通の中継地点として細々と残っている町。
現代で言う、地方のバスセンターのイメージ。
蜘蛛の巣から逃れた一匹の蠅は、馬の上に乗った。
馬の主(年老いた御者)は、饅頭屋の店頭で将棋をさしていた。
そこに、「これから馬車は出るか!?」と、一人の農婦が駆けてきた。
街にいる息子の危篤を知らされ、12キロの山道を駆けてきたらしい。
既に今日の馬車は出たと聞かされ泣きだしたが、それでも街へ行こうとする。
そんな農婦に御者は「二番目の馬車出る」と声をかけた。
しかし声をかけた後は将棋を続け、饅頭の蒸し上がりを待つ御者。
「息子の死に目に会いたい」という農婦の親心は歯牙にもかけない。
他にも集まってきて「いつ出発するのか?」と言い合う乗客たち▼。
- 駆け落ちする若者と娘(暴力を振るう人物から逃げている(?))
- 母親に手を引かれた、無邪気な男の子
- 蚕取引で大金を手に入れた田舎紳士
饅頭が蒸しあがり、御者はようやく馬車を出発させた。
(農婦の待ち時間は、少なくとも2時間)
馬車の中では田舎紳士のおしゃべりも相まり、五年来の知り合いのような雰囲気だった。
男の子だけは、好奇心いっぱいに外の景色を見続けている。
しかし……
最悪の結末

腹掛けに入れていた饅頭をすべて食べ終えた御者は、居眠りを始めた。
夏の日差しで真っ赤に見える崖。
崖の下を流れる激しい川。
ガタガタと揺れながら崖道を進む馬車のきしむ音にも
御者は目覚めない。
現状に気づいているのは、馬車の上に乗っていた蠅だけだった。
ついに車輪が道から外れ、馬車と馬が崖下へ落ちる。
人と馬の悲鳴が響き……
河原には馬車の破片と折り重なった塊(人)が横たわったまま、ぴくりとも動かなくなった。
蠅は一匹だけ、何事もなかったかのようにゆうゆうと青空に飛び去った。
【考察】著者が伝えたいことは?

短編としてなかなかショッキングな本作。
「意外性のある展開にしたかった」という思いで書かれたのならそれまでなのですが……
亡くなった著者の「伝えたかったこと」をあえて考えてみるならば、
「運命の不条理さ」ではないでしょうか?
- 息子を想う、母性溢れる農婦
- 無邪気に目を輝かせる男の子
- 多分暴力を受けていて、彼女を助けるために駆け落ちするのであろうカップル
- 貧しい中頑張ってきて、ようやく報われた中年男性
「これから頑張って生きてくれ!」と思ってしまうような人々も、
日頃の行いなど関係なく、死ぬときは死ぬ。
農婦の必死の訴えを聞きながら饅頭を優先させるような、血も涙もない人間の無責任で死ぬ。
まだ幼い男の子も……
やりきれない運命を、無感情な蠅視点で淡々と描く……どこかあきらめを感じるような作品だと思います。
個人的な感想

中々に胸糞悪い話でした。
そして現代の自動車事故に対する教訓を多いに得られる話でもあります。
- 居眠り運転の危険性
- 高齢者運転の危険性
- 「人の命を預かる」という意識の大切さ
- 運転手以外の人間も、外に注意を向けることの重要性
乗客も可哀そうですが、馬も可哀そうな結末でしたね……
先ほど「運命の不条理さ」などと書きましたが、こういうのを一件でも無くしていくために、現代まで多くの人が努力してきたのだろうなぁと思います。
この時代にも免許があれば……

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