『八つ墓村』と聞くと
というイメージを持つ人が多いようです。
ところがこの二つは、原作小説の描写ではありません。
田治見要蔵が頭に挿していたのは懐中電灯(原作では懐中電燈と表記)であり、
「祟りじゃ〜!」も1977年版映画版オリジナルのセリフなのです。
この記事では、
- 頭のろうそくという誤解はどこから来たの?
- 「祟りじゃー」とは?そもそも何が祟るというのか?
という疑問について、原作小説と1977年版映画を比較しながら解説していきます。
「頭のろうそく」ではなく「懐中電灯」

村人32人殺しの殺人鬼・田治見要蔵。
彼が犯行時頭につけていたのは、ろうそくではなく「ナショナルの懐中電灯」が正解です。
これは原作でも、知名度が高い1977年版の映画でも変わりありません。
※但し『八つ墓村』は11回映像化しており、その全てが懐中電灯かは確認は出来ていません。
原作小説の要蔵の姿▽
- 詰襟の洋服
- 脚には脚絆
- 草鞋
- 白鉢巻き
- 鉢巻きに棒型の懐中電灯2本
- 胸にも懐中電灯
- 腰には日本刀
- 片手には猟銃
では、なぜ「八つ墓村 ろうそく」「八つ墓村 頭にろうそく」と検索する人が多いのでしょうか?
これは実際の映像を見るといくつか理由が考えられます。
理由① 暗いシーン&低画質

まず考えられるのが、映像の判別しにくさです。
田治見要蔵による大量殺人は夜に起こります。
しかも頭についているのは、現代のコンパクトな懐中電灯とは違う細長い棒型。
暗い画面の中で、頭から細長い棒が2本突き出している……確かに長いろうそくにも見えます。
更に言うと1977年の作品なので画質が悪い……
誤認しても無理はありません。
理由②「ろうそく」が似合いすぎる

もう一つは、作品のイメージによる先入観です。
落ち武者、呪い、祟り、山奥の村、鍾乳洞……おどろおどろしい要素がたくさん登場するこの作品。
特に1977年版は、怪奇・オカルト色が原作より濃くなっています。
そんな映画の中に、「頭に明かりを2本つけた殺人鬼」の登場。
「懐中電灯」より「ろうそく」のほうが、作品の雰囲気に合っている気がしますよね。
さらに現代人からすると『32人殺し』はかなり昔の出来事なイメージ。
「懐中電灯ってこの時代あるの?」という疑問まで沸いてしまうので、「光っているものはろうそく」と判断してしまうのかもしれません。
この事件のモデル解説記事▼

『八つ墓村』の「祟りじゃー」とは?

頭のろうそくと並び『八つ墓村』のイメージとして有名なのが、「祟りじゃー!」という言葉です。
これは大ヒットした1977年版映画のキャッチコピーであり、CMで何度も放送されて流行語にもなりました。
尚、原作小説には同じフレーズはありません。
しかし展開は、映画版も原作も大まかに一緒です。
戦に敗れ、八つ墓村に逃げてきた8人の落ち武者たち。
それを落ち武者たちの持つ黄金&褒美の金欲しさに惨殺した村人たち。
つまり村人が恐れているのは惨殺された8人の落ち武者の「祟り」です。
原作では「七生までこの村に祟ってみせる」

原作小説では落ち武者の最期について、比較的あっさりと語られます。
若大将は村人たちによって斬られ、血まみれになりながら「七生までこの村に祟ってみせる」と叫び続けて息絶えた……
ほぼこれだけなのです。
「昔、この村でこのような惨劇があった」という伝承としての語りですね。
ところが、1977年の映画版では印象が大きく変わります。
1977年映画では「祟り」がトラウマ級シーンに

1977年の映画『八つ墓村』では、この落ち武者惨殺が強烈な映像として描かれます。
村人たちは、祭りに呼んだ落ち武者を襲撃。
一人一人殺されていき、落ち武者の大将も血まみれになり、死の間際
「この村を末代まで祟って、祟って……」
と呪いの言葉を残して息絶えます。
なぜそんなにグロ方面に頑張ったのかわかりませんが、一度見たら忘れられないほどの衝撃です。
『八つ墓村』は本当に「祟り」で人が死ぬ話?

ここまで読むと、『八つ墓村』は落ち武者の呪いで人が次々と死ぬホラーなの?
と思うかもしれませんが、違います。
八つ墓村は、「金田一耕助シリーズ」という超有名な推理小説シリーズの一作です。
起こる連続殺人には、ちゃんと人間の犯人が存在します。
つまり、
落ち武者の祟りを恐れる村で
↓
次々と人が死ぬ
↓
「本当に祟りなのでは?」と思わせる
↓
実際には人間による事件だった
ということです。
まとめ|ろうそくは幻覚、祟りじゃは映画版
最後に、この記事のポイントを簡単にまとめます。
▶頭の「ろうそく」について
- 要蔵が頭につけているのはろうそくではなく懐中電灯
- 原作でも「懐中電燈」と明記されている
- 有名な1977年映画版でも懐中電灯
▶「祟りじゃ」について
- 祟りの始まりは8人の落ち武者惨殺
- 原作では若大将が「七生までこの村に祟ってみせる」と叫んだと伝えられる
- これを1977年映画で、強烈な恐怖シーンとして映像化
- 落ち武者を祀った「八つの墓」が八つ墓村の名前の由来
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