中勘助の著作『銀の匙』。夏目漱石が絶賛したとして知られる長編です。(10万文字以上)
伯母に過保護に育てられた『私』(男)が成長していく様子が、懐古されるようにつづられています。
この記事では、『銀の匙』のあらすじを解説。
そして長編の中から読んで欲しい名言や、引っ掛かる部分の考察、個人的な感想をお伝えしていきます。
目次
銀の匙のあらすじを要約解説!

まずは10万字以上のあらすじを用要約!
古語が用いられている文体を、現代語にして解説します。
スプーンから幼い頃の思い出が蘇る

私の書斎の本棚の引き出しに、昔から大切にしまってある小さな箱がある。
そこには珍しい形をした銀の小さなスプーンが入っている。
幼い頃から、時々そのスプーンを取り出して眺めることがあった。
すると、幼い日の思い出が鮮やかによみがえってくるのだった。
神田から引っ越す

私は生まれつき体が弱かったうえに、生まれてすぐ大変な病気にかかってしまった。
顔中に湿疹ができ、いつも痒みと痛みに悩まされていた。
銀のスプーンは、伯母が小さな私に薬を飲ませるために、どこからか見つけてきてくれたものだった。
私は亡くなった母の代わりに、当時家に身を寄せていた伯母の手によって、一人きりで育てられた。
私を育てることが伯母の唯一の楽しみでもあったようで、私はいつも伯母に寄り添って成長した。
しかし生まれ土地「神田」は私に向かなかった。河童が砂漠で暮らすようなものだった。
近所の子供たちはみんな元気で活発な「神田っ子」だったが、私はそんな子供たちの遊び相手にはなれなかった。
それどころか、少しでも隙を見せるといじめられてしまうことさえあった。
しかし病気の療養のため、私の家族は小石川の高台へと引っ越すことになる。
この辺りは、神田とは違い、どの家も古く、落ち着いた雰囲気が漂っていた。
私にとっては、それがとても不思議な世界に思えた。
友人「お国さん」

伯母は私の遊び相手を探してくれた。
そして近所に住む病弱な女の子、お国さんを見つけてくれた。
最初は、伯母がそばにいないと遊べなかったが、次第に二人だけでも遊べるようになった。
かくれんぼをするとき、お国さんは怖い話をして私を驚かせた後、目をつぶらせて隠れてしまう。
逆にお国さんが探す番になると、ときどき家の中でお菓子を食べていて、私は待ちぼうけを食わされることもあった。
しかし医者の勧めで、私はしばらく海辺で暮らすことになった。
その旅から帰ると、お国さんの家は遠くへ引っ越してしまっていた。
ぽっかりと心に穴が空いたような、寂しさを感じた。
小学校入学とお恵ちゃん

八歳になり、小学校へ入学することだった。
私は気が弱く、すぐに泣いてしまった。
伯母が数日間、一緒に学校へついてきてくれたものの、私はどうしても一人になりたくなることがあった。
そんなときは、机の下や戸棚の中など、どこでも構わず隠れてしまった。
それでも、学校では新しい友だち、お恵ちゃんができた。
私は、お恵ちゃんのことを、とてもきれいな子だと思った。
しかしそれと同時に、自分の容姿が気になるようになった。
また、「ビリっこけとは遊ばない」と言われて勉強に精を出し、成績を一気に上げることとなる。
喧嘩をしたり、疎遠になったり、また仲直りをしたりしたが、お恵ちゃんも引っ越してしまった。
私は涙にくれ、お恵ちゃんが座っていた席に座ってみた。
教師や兄との衝突

やがて、日清戦争が始まった。
担任の先生は招集され、戦地へ向かうことになった。
新しくやってきた先生とは、まったく気が合わなかった。
私が誰も触れない疑問「なぜ親孝行が大事なのか」を質問すると、先生は「他のみんな分かっている」と、ずるい逃げ方をした。
私は煙たがられている節もあった。
厳しく私に口出しする「兄」とも気があわなかった。
私が「お星様」と言うと、「星って言え」と怒鳴り、殴る蹴るもよくあった。
「子どもの憧れが込められた星を、『お星様』と呼ぶことの何が悪いのだろうか」
興味のない釣りを教えてきたり、気に入ったものを捨てろと言ってきたり、好きな歌を歌うなと言ってきた、相性の悪い兄。
しかしいつの間にか私は兄を怖れなくなり、冷ややかに笑って
「自分の何が間違っているか教えて欲しい」と言い返した。
そして釣り堀から別々に帰ったことを機に、二度と一緒にでかけなくなった。
伯母の死

先祖代々の墓を参るため、数年前に家を出ていた伯母。
しかし体調を崩し、戻ることが困難になっていた。
私は生まれつきの憂鬱な気質を治すため、京阪地方へ旅をし、
そのついでに伯母を訪ねることにした。
伯母はすっかり老い、やせ細ってしまっていた。
そして、十六歳になった私の顔を見ても、「どなた様でございますか。このところ、まったく目が見えなくなってしまいまして」と言った。
しかし私だと気づくと大変喜んだ。
周りの人に紹介しまくり、大量の料理を作ってくれた。
私が去るときも、しょんぼりといつまでもいつまでも見送ってくれた。
私がさって間もなく、伯母は亡くなった。
伯母は、長い間夢見ていた阿弥陀様の前に座り、これまでの人生のお礼を申し上げているに違いない。――私はそう思った。
姉様への恋?

十七の夏、私は一人で友人の別荘へ出かけられるようになっていた。
そこでは伯母を彷彿とさせる老婆に出会った。
また、山登りで木霊を楽しむなど、単純なことに喜びを感じていた。
しかし別荘に友人の姉(姉様)が帰ってきた。
初対面の挨拶が何より緊張する私は、人を彫像のように感じてしまう。
しかし「菓子が口に合うか」と姉様に尋ねられた時、一瞬彫像が美しい人の顔に見えた。
その後、出来るだけ会うことを避けた私だったが、月明かりのある花壇でまた会った。
姉様は人見知りの私を気遣ってくれ、それをとても嬉しく思った。
姉様との別れ

姉様が去る前日、夕食を一緒に食べることになった。
おそらく姉様の手作りの料理だった。
私は梨を向いてもらい、姉様がさくらんぼを食べる様子を眺め、快活に話す様子を見ていた。
翌日、姉様は水蜜をもって別れの挨拶に来た。
そしてまた、玄関の方へと歩きながら私の方に小腰をかがめて、「ご機嫌よう」と言ったのを、なぜか私は聞こえないふりをしていた。
「さようなら、ご機嫌よう」
私は暗いところで黙って頭を下げた。車の音が遠ざかる音が聞こえた。
止めどもなく涙を拭いた。どうして何とか挨拶をしなかったのだろう。どうしてひと言言えなかったのだろう。
しばらく立ち尽くした後、ようやく部屋へ戻った。
そして力なく机に両肘をつき、水蜜を唇に当てて甘い香りが漏れ出るのを感じながら、また新たな涙を流した。
この物語の魅力は?名言・名文3選

幼少期から17歳になるまでが徒然と綴られる『銀の匙』。
日常の出来事が多いこの物語の魅力はどこにあるのか、個人的に選んだ3つの名言で振り返ってみたいと思います。
蚕への愛情と伯母の愛情

父の教育の一環として、蚕を育てていた私。
伯母から「蚕は姫様だった」と聞かされ愛着を持ち、「自分の兄弟」とまで思って可愛がっていました。
しかし卵が孵化したとき、育てる手が回らないことから、家族が半分ほどの蚕を捨ててしまいます。
それを見つけて問いただし、ずる賢い言い訳を聞いた私は……
狂ったように悪態をつきながら、(蚕が捨てられた)裏庭に走り出て泣きました。
あの時もし私に彼らをとりひしぐだけの力があつたならば彼らを数珠つなぎにして雀の餌にしたであらう
私は学校を早退してまで兄弟たち(蚕たち)を桑の葉に包んでやりましたが、蚕たちは昼夜の寒さと厚さにやられていきます。
この一件の結末が、なんとも言えない名文です。
家からいくら呼ばれても帰らないので伯母さんが出てきてみたら私はすてられた蚕のうへに傘をさしかけて立つてるのであつた。さうして顔を見るやいなやわつと泣きだしてその前垂にくひついた。仏性の伯母さんはどうかしたいのは山山なのだがどうもしやうがないものでお念仏をくりかへしながらやうやく賺してつれて帰つた。その後家の者はそこに小さな胡麻石の碑がたてられそのうへに私の手で 嗚呼忠臣楠氏之墓 と書いてあるのを見出した。
夕方、蚕の上に傘をさしかけていた私。
それを見た信心深い伯母は、涙をこぼしながら私の前垂れにしがみつきました。
きっと私に何かしてやりたいと思ったのでしょう。
しかし何もできず、念仏を繰り返しながら、どうにか私を説得して家に連れ帰りました。
その後家族は裏庭で、私が胡麻石の牌を立てて「嗚呼忠臣楠氏之墓」と書いたものを見ることになります。
でもそんなこと知らないほうがよっぽど孝行でした

私は先生に対し、「なぜ孝行が大切なのか?」と質問しています。
孝行とは、具体的にいうと
「自分の生全うすることが最高の幸福であり、親に対しても感謝の気持ちになる」
という考えでした。
しかし先生が
「(親の愛情は)山よりも高く、海よりも深いからです」
と言っても、私は
「でも僕はそんなこと知らない時のはうがよつぽど孝行でした」
と切り捨てました。
愛情なんていらない。伯母と二人で暮らしていたころの方がよっぽど幸せでした。
「私」の闇を感じる言葉が、中々刺さります。
艶やかなサクランボの表現

それを切りへいで口へいれながら美しいさくらんぼが姉様の唇に軽くはさまれて小さな舌のうへにするりと転びこむのを眺めてゐる。貝のやうな形のいい顎がふくふくとうごく。
最後に、『銀の匙』では食べ物や動きなどの表現も魅力的です。
女性の何気ない言動に愛らしさや可愛さが詰められている作品。
是非そういったものも楽しみながら読んでみてください。
考察「月が綺麗ですね」と言いかけた?

「I love you」を夏目漱石が「月が綺麗ですね」と訳したという俗説をご存じでしょうか?
作中で、私が姉様に「月が…」と言いかけてその後赤くなるシーンがあります。
これは間が悪かった(姉様が去ろうとしたときに話しかけたこと)が恥ずかしかったのか……
それとも、意図せず告白のようなことを言おうとしたのが恥ずかしかったのか…
(中勘助は夏目漱石の弟子なので、無いとは言い切れない気がします)
或いは順序が逆で、この小説を読んだ夏目漱石が、「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳すことを思いついた…という説も出てきます。
真偽は分かりませんが、ロマンチックですね。
個人的な読書感想

何とはない日常が描かれながらも、人見知りにはとても共感できる内容でした。
長さ的に考えると、メインは伯母との生活でしょうか?
信心深く、優しく、騙されやすくもあり、話し上手の伯母。
病弱な私が生きて居られたのは、ひとえに彼女のおかげかと思います。
しかしその過保護さが相まって、かなり生きづらい性格になってしまったのも事実。
大正時代に書かれたものですから、なおさらでしょう。
祭りの雰囲気すら好かない私が「学校」というものに馴染めないのも、当たり前だなぁと思います。
成長したものの、姉様と合うと「できるだけ会わないように過ごした」私の気持ちはよく分かります。
何度も別れを繰り返しても、それが上手く受け止められない……
そんな「私」に愛おしさを感じる物語だったと思います。
まとめ
- 『銀の匙』は、幼少期から成長する主人公「私」の心情を追い、生活や葛藤を描いた作品。
- 伯母に育てられた「私」が感じる寂しさと愛情の深さが胸に響く。
- 「孝行」についての疑問が描かれ、理屈にとらわれず純粋な感情を大切にしようとする姿が共感を呼ぶ。
- 心理描写が繊細で、成長過程での心の動きが丁寧に描かれている。
- 食べ物や動きの描写が人物の性格を豊かに表現し、感情の変化がリアルに伝わる。
ということでした。
是非読んでみてください!
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