森鴎外の『最後の一句』。
16歳の少女・いちが、処刑される父親を救おうと行動するお話です。
この記事では、簡単なあらすじ・いちの生死・作中の皮肉について解説。
最後に個人的な読書感想をお送ります。
目次
簡単なあらすじ

江戸時代、大阪の船乗り・桂屋太郎兵衛は、積み荷の米を横領した罪で死罪を言い渡される。
その知らせを祖母によって受けた家族。長女のいちは、父を救う方法を考える。
いちは、「私たち子どもの命と引き換えに父を助けてほしい」 という願書を奉行所に提出しようと決意。
翌朝、妹のまつと弟の長太郎を連れ、奉行所へ向かう。
門番に拒まれるが、諦めず願書を提出。
奉行・佐佐は「子どもが書ける内容ではない」と疑い、家族全員を呼び出し尋問を行った。
尋問の場でいちは毅然とした態度で経緯を説明し、「兄妹そろって死ぬ覚悟がある」と訴える。
奉行は拷問道具を指して「隠し事をすれば責める」と脅すが、いちは動じない。
「お上の言うことに間違いはないでしょうから」と静かに言い放ち、これが佐々の心に刺さった。
結果として太郎兵衛の処刑は延期に。
その後、恩赦により死罪を免れ、追放処分となる。
いちの勇敢な行動が、父の運命を変えたのだった。
登場人物まとめ

作中に出てきた登場人物のまとめです。
桂屋太郎兵衛 | 船乗業を営む主人公の父。積み荷の横領により死罪を宣告される。 |
いち | 太郎兵衛の長女(16歳)。父を救うため奉行所に願書を提出する。 |
まつ | 太郎兵衛の次女(14歳)。いちとともに奉行所へ向かう。 |
長太郎 | 12歳の養子。いちとともに願書を提出し、命を捧げる覚悟を見せる。 |
とく | 太郎兵衛の三女(8歳)。尋問時に涙を流しながら沈黙する。 |
初五郎 | 太郎兵衛の末子(6歳)。尋問時に元気よく首を振る。 |
太郎兵衛の妻 | 子どもたちの母。夫の入牢後、ふさぎ込みがちになる。 |
おばあ様 | 太郎兵衛の妻の母。孫たちを世話し、処刑の知らせを家族に伝える。 |
佐佐又四郎 | 西町奉行。いちの願書を受け取り、尋問を行う。 |
稲垣淡路守 | 東町奉行。佐佐又四郎の相談相手。 |
「いちが死んだ」は読み違い!結末を深堀り

時々この作品を読んで「いちは最後死んだ」と勘違いする人がいるようですが、
いちは死んでいません。
確かに「自分たち子どもの命と父の命を引き換えに助けてほしい」と願書を提出し、
父親は助かったわけですが……
(死罪を免れて追放処分になったわけですが)
いちや、もちろん兄弟・母親たちも捕まったり、命を落としたりはしていません。
奉公所のお役人も、そこまで人でなしではありませんでした。
「最後の別れ」というのは、父・太郎兵衛が追放されると引き離されて会えなくなるから。
死別するという意味ではありません。
「お上の事には間違いはございますまいから」の意味は?

この作品一番の注目ゼリフ「お上の事には間違いはございますまいから」 。
タイトルにもなっている、いちが尋問で奉公人に伝えた最後の一句です。
この意味をかみ砕くと、
「お上(=幕府や奉行所の決定)は絶対に正しいのでしょうから」
という皮肉を込めた言葉になります。
江戸時代の「奉行所」とは、現代で言う
- 裁判所
- 警察署
- 行政機関(市役所・区役所)
が合体したもの。とんでもなく権力があるところです。
この言葉に込められた意味は、表面的には
「お上(あなた達)が決めたことなら、間違いはないのでしょうね。だから私は何も言いません」
です。
しかしいちの本音としては、
(人間が決めることだから間違うこともあるのは当たり前、という前提で)
「逆らってもどうにもできないから、みんな服従しているだけだけどね」
ということでしょう。
この言葉には、単なる服従ではなく、奉行や幕府の理不尽な判断への冷ややかな反抗が込められています。
それが奉行・佐佐又四郎の心に強い衝撃を与え、物語のクライマックスとなりました。
佐佐の反応を読み解く

これに対して、奉公人・佐佐が感じた気持ちを読み取りましょう。
佐佐はこのような反応をしています▼
不意を打たれた驚き(驚愕)➡険しくなった目(憎悪を帯びた脅異の目)
これはいちの不意打ちの反抗に驚き、警戒するも
様々な感情▼にさいなまれている…と考えていいでしょう。
- このような小娘が、自分へ逆らってきたことへの憎らしさ
- 普段逆らわれることが無い故の驚き
- 家族を想う、いちの強い怒りへの怖れ
実話なの?『最後の一句』が書かれた背景

この作品が書かれた背景はどのようなものでしょうか?
実は『最後の一句』は、太田南畝が書いた江戸時代の随筆『一話一言』を元にして書かれています。
「随筆」とは自分の見聞・体験・感想などを書いたものなので、実話ですね。
ただし「いちの最後の一句」については創作ですし、「一話一言」ではその後の父との再会シーンについて、もう少し詳しく書かれています。
著者の森鴎外は、自らが官僚でありながら官僚に批判的でした。
そして、この作品を書いた二カ月後に辞職しています。
「お上のこと」として自分たちの意見を通してしまうお役人に、色々と思うところがあったようです……。
感想

父を救おうと、たった16歳ながらお偉いさん複数人に歯向かった、いちのヒロイン力が魅力的なお話でした。
幕府の理不尽さに対しても皮肉を込めて一歩も引かない。格好いいですね。
対して試すように拷問道具まで並べた奉公人たちは、どう考えてもやりすぎでしょう。
「お上の決定は絶対ですよね?」という皮肉は、それまでの実績があったからこそ皮肉になったのでしょう。
きちんと民衆の意見を聞き入れてくれる奉公所なら、いちもこんな言い方にはならなかったに違いありません。
結果的に、幕府は彼女たちの嘆願を完全には認めませんでしたが、父の処刑は延期され、最終的に恩赦で助かることになりました。
いなかったら延期前に処刑されていたはずなので、いちの行動が確実に影響を与えています。
「理不尽な世界の中で、どれだけ自分を貫けるか」
これが、『最後の一句』のテーマなのかなと思います。強い意志を問うメッセージ性が感じられました。
まとめ
- 『最後の一句』 は、16歳の少女・いちが父の処刑を止めようとする物語。
- いちは「子どもの命と引き換えに父を助けてほしい」と奉行所に願書を提出。
- 奉行・佐佐は疑い、家族全員を呼び出して尋問。いちは拷問の脅しにも動じず、毅然とした態度で父を救おうとする。
- 「お上の事には間違いはございますまいから」 は皮肉を込めた名台詞。
- いちの勇敢な行動が影響し、父は死罪を免れ、追放処分に。
- 「理不尽な世界で自分を貫けるか」 というテーマが込められた作品。
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