この記事では「グスコーブドリの伝記」について、徹底解説!
- 超簡単なあらすじや登場人物まとめ
- 分かりにくい・意味不明な部分の解説
- 作者が伝えたいこととは?考察
- 個人的な読書感想
などをお伝えしていきます。
※アニメ化もされていますが、こちらで扱うのは宮沢賢治著作の原作です。
目次
簡単なあらすじ
イーハトーブの木こりの息子として生まれたブドリは、妹のネリと一緒に暮らしていました。
しかし、ブドリが10歳のとき、2年間にわたる厳しい寒さと不作が続きました。
両親は食べ物を残して姿を消し、ネリは男にさらわれてしまいます。
その後、別の男が現れ、ブドリは自分の家を織物工場として利用され、そこで働かされることになります。
ブドリはその後、火山の噴火から逃げ出し、6年間、農業を手伝いながら暮らしましたが、干ばつや寒さのために思うように作物が育たず、成功しませんでした。
そこで彼はイーハトーブ市に向かい、クーボー博士の紹介で火山局(火山の活動を観察する仕事)に就職します。
彼は科学技術を駆使して火山の噴火による被害を防ぎ、空中放電を使って窒素を含んだ肥料を降らせることで農業を助けました。
また、ブドリはその過程でネリとも再会を果たします。
ブドリが27歳になった年、再び大きな寒波が訪れ、作物が育たない危機的な状況に陥ります。
彼は、カルボナード火山を噴火させることで気温を上昇させ、冷害を防げると知り、自らの命を顧みずその任務に志願。
人々を寒さから救うために立ち上がります。
いつでも退会できます。
登場人物は?
登場人物 | 人物像 |
---|---|
グスコーブドリ | 主人公。科学技術を使って災害を防ぎ、最終的には命を犠牲にして冷害を防ぐ。 |
ネリ | ブドリの妹。幼少期にさらわれるが、後に再会する。兄妹の絆が背景にある。 |
クーボー博士 | 科学者。ブドリを火山局に紹介し、科学技術の力で災害を防ぐ考えを持つ。 |
ブドリの両親 | ブドリとネリを残し、寒さと不作に耐えられず姿を消す。 |
農民たち | ブドリが農業を手伝う中で出会う人々。干ばつや寒さに苦しむ。 |
火山局のスタッフ | 火山局でブドリと共に災害防止の仕事をするスタッフ。 |
グスコーブドリの伝記を分かりやすく解説!
ここからは物語中で分かりにくい箇所について解説していきます。
人買いに誘拐されたネリ
飢饉が続き、ブドリとネリが飢えに苦しんでいるところに、「人買い」の男が現れます。
彼は「この地方の飢饉を助けに来た」と言い、食べ物を提供しつつ、ネリを騙して連れ去ります。
これが親や家族の困窮につけ込んで、子どもを売買する「人買い」です。
飢饉や貧困の中で、家族が食糧を確保できなくなると、子どもを売ることで少しでも食べ物やお金を手に入れようとする人々が出てきます。
このエピソードは、賢治の時代における実際の「人身売買」や「娘身売り」の問題とも関連しています。
飢饉や貧困のために家族が子どもを手放さなければならなかった時代の、悲惨な現実です。
妹・ネリの誘拐のその後は?
人さらいの男に連れていかれた妹・ネリ。
「町に連れて行く」と言っていた男ですが、3日後には牧場に放置されました。
幸いその後、牧場の主人に助けられ、家で働くように。
最初は赤ん坊のお守りをしていましたが、次第にいろいろな仕事ができるようになりました。
牧場の長男と結婚し、安定した生活を送るように。幸せに暮らしていました。
これはかなり幸運なことでした。
さらに新聞でブドリの怪我を知り、会いに行くことができました。
ネリはブドリと再会を果たし、その後も家族と一緒にブドリの家を訪れるようになります。
ブドリたちの両親はなぜ家を出て行ったのか?
ブドリの父親・グスコーナドリは、イーハトーブ地方で名高い「木樵り」として描かれています。
冷害と飢饉が続き、家族が食糧不足に苦しむ中、父親はどうにか食べ物を探すために森へ出て行きます。
まっくらになっても戻ってこないこの行動は、絶望的な状況の中で、家族を守るために自らの命を犠牲にする覚悟。
そして両親は、ブドリとネリの食料を少しでも残すため、家を出て自ら命を絶つ道を選びました。
父親が森に姿を消した後、母親も父親の後を追い、森の中へ向かいました。
二人の最期は、明確には描かれていませんが、後に森のはずれの大きな木の下で父親と母親の遺体が見つかり、そっと土に埋められます。
このことは、てぐす飼いの男によってブドリに伝えられました。
両親は飢饉から家族を救うために、自らを犠牲にする選択をしたのです。
父親が示した家族愛と自己犠牲の精神が、ブドリの最終的な行動にも繋がっていると言えます。
こちらもチェック▼宮沢賢治が自己犠牲を描いた作品「よだかの星」
よだかはなぜ星になったのか?【宮沢賢治・よだかの星考察】
いつでも退会できます。
ブドリは最後どうなった?自己犠牲なのか?
ブドリは冷害を克服するため、自らの命を賭けて火山を噴火させ、結果的に他者を救います。
主人公死亡の結末。
これを「自己犠牲」と見られる一方で、
彼の使命感や自己実現の側面があったこと。
そして「できることをした」結果とも解釈されます。
戦う相手が「飢饉」ということで、自然と対峙する必然的な結末としても描かれており……
単なる自己犠牲に留まらない複雑な意味合いを持っています。
主人公・ブドリの職業「火山技師」って?
火山技師とは、火山の力を管理する(ことを目指す)職業。
冷害や飢饉を克服するために科学技術を駆使し、火山の力を利用して人々を救おうとする職業です。
具体的には
- 火山の力をコントロールし、雨と一緒に窒素肥料を降らせる
- カルボナード火山を人工的に噴火させ、火山の熱を利用して地球の温度を上げようとする(冷害を防ぐ)
などの試みが行われています。
オリザって何?
オリザは、イーハトーブ地方における農業の主食作物として描かれています。
「オリザ」と表現されていますが、米のようなものと思ってよいでしょう。
飢饉や農業の苦境を描く上で、非常に重要な役割を果たしています。
【意味不明要素】科学的にはおかしな物語
『グスコーブドリの伝記』は、自然災害を防ぐために科学技術を使う物語ですが、科学的におかしい点があります。
だからこそここについて「意味が分からない」となった方も多いのではないしょうか?
以下に3つのポイントをまとめます。
火山の噴火で冷害を防ぐのはおかしい
賢治の時代には、火山の噴火が太陽の光を遮って冷害を引き起こすことがよく知られていました。
けれども、この物語では、ブドリが火山を噴火させて冷害を防ごうとします。矛盾していますね。
この設定は、賢治が「自己犠牲」というテーマを強調するために、科学の常識を無視したからだと言えます。
賢治が影響を受けた科学者の考え方
ある学者は、賢治がスウェーデンの科学者S・アレニウスの考えに影響されたと言っています。
アレニウスは、火山が炭酸ガスを放出して地球の温度を上げることで、寒い地域の気候を良くするという理論を持っていました。
賢治は、宗教と科学を結びつけて、人々を救うという理想を描こうとしたのです。
ブドリの自己犠牲は不自然?
物語の最後で、ブドリは火山を噴火させるために自分の命を犠牲にしますが、現代の視点では、他にも解決策があったはずです。(遠隔操作的なものや、或いは全く別の方法など)
このため、ブドリが命を落とすことは少し不自然に感じられます。
これは、賢治が「自己犠牲」を過度に強調したからかもしれません。
作品のテーマ・伝えたいことを考察!
『グスコーブドリの伝記』におけるテーマは「冷害の克服」だと思われます。
「本統の百姓」になるため自ら畑を耕していた賢治。
その中で冷害や飢饉に苦しんだこと、苦しむ農民たちの相談を受けたこともあったと思われます。
参考:花巻市HP賢治と農民
そのような実体験を経て描かれた、宮沢賢治の伝えたいこと、重要な要素は以下のようなものではないでしょうか?
自然と人間の共生
物語全体を通じて、自然と人間との関わりが一つの大きなポイントです。
賢治は、自然災害(冷害や飢饉)に苦しむ人々と、その解決に向けて努力するブドリを通じて、自然と共に生きるための方法を模索する姿を描いています。
火山の噴火や科学技術を利用して人々を救おうとするブドリの行動は、自然の力をどうコントロールし、活用できるかというメッセージを含んでいます。
自己犠牲と他者への奉仕
ブドリやその両親の行動は、自己犠牲の精神を象徴しています。
賢治は、他者のために自らを捧げるという行動を通じて、愛や利他主義(他人の利益・幸福を考えること)の価値を伝えています。
ブドリが自分の命を賭けて冷害を防ごうとする姿勢は、人間の使命感や責任感の象徴であり、他者を救うために何ができるかを考えさせられる内容です。
科学技術の力
物語では、ブドリが火山技師として科学技術を用いて冷害を克服しようとする姿が描かれています。
賢治は、科学や技術が自然災害に対抗し、人々を救う手段として重要であるとしています。
ただし、それは自然との調和の上に成り立つものであり、単に自然を征服するという発想ではないことに注意しましょう。
農民の生活と苦悩
宮沢賢治自身が農民であったため、物語の背景には農民の現実や苦悩が生々しく反映されています。
冷害によって農作物が育たず、人々が困窮していく姿……
それは、農村社会の現実とその救済の必要性を伝えています。
読書感想文(個人的感想)
自分の命を投げ出してまでみんなを救おうとする、自己犠牲の究極の形を見せてくれたブドリ。
宮沢賢治のキャラクターの中でも、ここまでヒーロー的な自殺を図ったのは彼だけでは?と思います。
例えば「よだかの星」のよだかも自死ですが、これはかなり追い詰められた側面が強いですし…
参考:よだかはなぜ星になったのか?【宮沢賢治・よだかの星考察】
「銀河鉄道の夜」のカムパネルラは友人の為に川に飛び込みましたが、「死ぬかも」という可能性は考えていても、積極的に死のうとは思っていなかったでしょう。
参考:銀河鉄道の夜の【意味が分からない】をまとめて解説!もう難しくない!
ところがブドリは63歳のペンネン技師が身代わりを申し出たにも関わらず、「俺が犠牲になる!」という……
これはまさに「使命感」というしかありません。
中々に一般人に理解しがたい感覚ではないでしょうか?
あとは、ブドリ火山を利用して農作物を助けるために戦う姿を見てると、今の自分ももっと頑張らなきゃ……と思わされますし、
彼の両親が自分たちの命を犠牲にして子どもたちを守るところは、グッときてしまいました。
最初読んだ時はヘンゼルとグレーテル的な感じで捨てられたのかと思いますが、そうではなかったんですよね……
しかし一旦落ち着いて考えてみると、飢饉で食物が育たない、農業に苦労するというのは賢治の実体験。
飢えで死ぬしかない→ならばせめて人の為に…というところからブドリのキャラクターができたのでは?と考えてしまうと、やはり悲しいものがあります。
こちらもオススメ!宮沢賢治が「仕事への使命感」を描いた作品「税務署長の冒険」
▶税務署長の冒険|簡単なあらすじと解説をイラストで!宮沢賢治の童話
グスコーブドリの伝記と銀河鉄道の夜の違いは?
時々このような質問が見受けられますが、
「グスコーブドリの伝記」と「銀河鉄道の夜」は両方宮沢賢治著作ですが、全くの別作品です。
同じアニメ会社が、似たような猫のデザインでアニメ化しているため時々ごちゃまぜになる方がいるようです。
しかしながら同じ作者であるため、特に「自己犠牲」の要素においては似ている箇所も。
- 銀河鉄道…友人を助ける為に川に入り、亡くなってしまったカムパネルラ
- グスコーブドリの伝記…人々を救うために、火山噴火での犠牲を申し出たブドリ
「他人のために死ぬ」という要素がある二つの物語。
しかしカムパネルラが主人公の友人だということを考えると、少し視点は違ってきます。
心に深く残るお話ですので、是非読んでみてください。
参考記事🔻
銀河鉄道の夜の【意味が分からない】をまとめて解説!もう難しくない!
【銀河鉄道の夜】名言と心に残る場面から見る宮沢賢治の世界
まとめ
『グスコーブドリの伝記』をまとめると
- 木こりの息子ブドリが、冷害や飢饉に立ち向かうため奮闘する物語。
- 両親の自己犠牲や、妹ネリとの別れと再会が描かれている。
- 火山技師となったブドリは、科学技術を駆使して災害を防ごうとする。
- 最後は自らの命を賭けて、人々を救うために火山を噴火させる。
- 賢治作品特有の、自然との共生や自己犠牲のテーマが強く表現されている。
ということでした。
ぜひこの感動的な物語を読んでみてください!
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