カズオ・イシグロの著作『私を離さないで』。
2017年にノーベル賞も受賞した本作は一見恋愛小説のようなタイトルですが、内容は異質な残酷さが光るSFです。
この記事では『私を離さないで』の
- 分かりやすいネタバレあらすじ
- 登場人物相関図
- 読書感想
をお届けします。
目次
簡単なあらすじ(最後までネタバレ)
まずは簡単なあらすじの要所をまとめます。
この物語はキャシー・H(31歳)が「気持ちの整理を兼ねて誰かに過去を話す」という形式で進みます。
物語の前提

今年の終わりで12年間の『介護人』職に終止符を打つ予定のキャシー。
介護人にしてはかなり長いものでした。
キャシーは故郷『ヘールシャム』の『提供者』をできるだけ選んで、介護してきました。
- 『提供者』とは何の提供者なのか?それに伴う『介護人』とはどんな職なのか?
- キャシーは若くしてなぜ『介護人』職を辞めるのか?
- 『ヘールシャム』はどのような場所だったのか?
- キャシーの恋人・親友について
彼女の語りで、残酷な真実が徐々に明らかになっていきます。
知らされた『使命』

キャシーが生まれ育った施設『ヘールシャム』。
ヘールシャムは奇妙な場所で、図画工作に極端に力を入れたり、毎週のように健康診断が行われたりということがありました。
そして遂にある時、キャシー達は保護官から自分たちの『使命』を知らされます。
いえ実はもっと前に、理解はできずとも教えられていました。
「自分たちはドナー(臓器の提供者)になるために生み出されたクローン人間」だということを。
限りの見える人生。若くして誰かの為に死ぬことが決まっている自分たち。
その残酷な『使命』を負いながらもキャシーは、友人・ルースとの微妙な関係、トミーとの甘酸っぱく苦い関係を築いていきます。
ルースとの別れと再会

ヘールシャムを出て、
実習を受け、
介護人(提供の順番が来るまで提供者の介護をする職)をし、
提供者となり使命を終える。
これがキャシーたちの人生の順序でした。
実習前の期間を過ごす「コテージ」にて、キャシーはルースと喧嘩別れになりました。
トミーと付き合っていたルース。
しかしトミーの心がキャシーにあることを感じ取ったルースは
「トミーはあなたのような複数人と付き合っていた人とは付き合えない」とけん制しました。
これはキャシーを二重の意味で傷つけました。
トミーへの恋心が打ち砕かれたこと。
なおかつ信頼して「性欲が強いという悩みがある」とルースに相談していたのに、それをこの局面で持ち出されたこと。
その後些細なことから喧嘩になり、キャシーは実習行きを自ら申し出ました。
そして始まる介護人生活。
同じ使命を持った『提供者』の苦痛と不安を和らげるしんどい職ですが、キャシーには適正がありました。
やがて自分で『提供者』を選べるようになったころ、キャシーはルースの噂を聞きます。
既に『提供者』になっており、1度目の臓器提供がひどかったということをーー…。
「ルースの介護人に立候補してみたら?」
提案を一度は断ったキャシーですが、そこで耳に届いたのが『ヘールシャム閉鎖』の噂でした。
何事にも終わりがある。それを強く意識したキャシーは、無理やりルースの介護人を引き受けました。
トミーとの再会

とっくに破局して、長らく会っていなかったらしいルースとトミー。
キャシーとルースは漁船見物をきっかけに、既に二度の提供を終えているトミーに会いに行くことにしました。
会っていなかったブランクなど感じさせないように、元に戻った三人の距離。
ルースは以前トミーとキャシーの仲を裂いたことを謝罪し、2人に「マダムの住所」を渡しました。
前々からあった「本当に愛し合っているなら臓器を提供しなくていい数年の猶予期間が与えられる」という噂。
マダムの住所は、それを申請できるかもしれない場所でした。
ルースは二回目の提供後、亡くなりました。
キャシーはルースの望みもあり、今度はトミーの介護人に。
そして恋人になりました。
猶予期間の真実

三度目の提供を終えたトミー。
二人は「猶予期間の申請」を目的に、マダムの元を訪れました。
そこには『ヘールシャム』の主人保護官であったエミリ先生もいました。
キャシーはマダムに憶測を話します。
マダムが行っていた「展示館」…もとい生徒たちの図画工作収集。
あれは将来生徒たちが「猶予期間の申請」に来た際、保管していた絵や詩作から人間性を見て合否を判断するためではないのか?
しかしその憶測はハズレでした。
マダムは「ドナーたちの人権を訴える活動家」でした。
「クローン人間にも心はある」それを訴えかけるために、外部に向けて「展示館」を開いていたのです。
その結果、ヘールシャムは他のドナー施設の希望の星にまでなりましたが…
モーニングテールという科学者がクローン人間の研究を進めた結果、「クローン人間への恐怖」が増幅され、マダムの人権運動は失敗に終わりました。
ヘールシャムが閉鎖に追い込まれたのもその結果でした。
現在のドナー施設は、ドナーたちの扱いがもっとひどい場所ばかりだそうです。
しかしもとより「猶予期間」はただの噂。
今まで設けられたことはありませんでした。
トミーとの別れと結末

四度目…最後の提供前に、トミーはキャシーに「介護人から外れてほしい」と頼みました。
最後の日、2人はルースの事などを話し、ごく普通に別れました。
キャシーはトミーの訃報が届いてから、一度だけノーフォーク(イギリスの東端にある州)にドライブに行きました。
ここは子供のころ、「遺失物保管所」としてジョークになった場所でした。
先生「ノーフォークはロストコーナー(忘れられた土地)」
生徒「ノーフォークはロストコーナー(遺失物保管所)?」
この場所こそ、子供のころから失いつづけてきたすべてのものの打ち上げられる場所、と想像しました。
キャシーはトミーの幻影に涙を流し……
しかし取り乱しはせず、元の介護人の役目に戻りました。
そして仕事を続け、現在に至ります。
登場人物相関図

補足ポイント▼
- ポシブル(親)とは…ドナーの元、オリジナルの人間のこと。それぞれのポシブルの年齢や、どういった経緯でドナー生成に至ったのかは謎のまま終わる。
- クリシーは二度目の提供で、五人の誰より早く亡くなっている。
- ルーシー先生…生徒たちにドナーだと言う自覚を促し、トミーに強い影響を与えたが解雇された。
- トミーがキャシーと両想いにもかかわらずルースと付き合っていたのは、ルースからの好意が分かりやすかったことや、軽い気持ちだったことが理由と思われる。実際一度破局したときに、トミーは「もう遊びじゃない」とこぼしている。
- ルースは少々性格に難があり、虚勢から嘘を言う(或いはそういった風にふるまう)癖があった。そのためキャシーとの友人関係は常に波があった。
感想
面白かった…こういう系苦手だと思っていたのに。
「臓器提供の為のクローン」という縁も馴染もないはずの設定なのに「実話ですか?!」「作者の実体験ですか?!」と思うようなキャラクター達の思考と展開のリアルさ。
驚いて感心しながらも、時折頭を抱えたくなるような作品でした。
特にあっけに取られてしまったのが、ルースのポシブル(クローン元)についての描写。
ポシブルをルースは(隠しつつも)必死に探していましたが、それが何故なのか、読み手として途中まで首をかしげていました。
ポシブルがピカピカのオフィスで働くキャリアウーマンだったとしても、ルースには99%あり得ない未来。ポシブルを見つけても自分が虚しくなるだけでは?と思っていました。
ところが……
ルースたちは「自分たちのポシブルはクズである」と考えていたと。
いえ、口にしたのがルースなだけで、この時いた5人のクローン全員がそう考えていたんですよね。
だからこそ、自分のポシブルが真っ当な人間であることに夢見ていたと。なるほどね……
いや…中々地獄なリアリティですよね。
「精神異常者だけは除かれるのが救い」という付けたされた言葉もほんと…反論できないのがまた…
正直クローンがどういった過程でできるのか想像できないのですが、(あまり調べたくもないですし、禁止されている国がほとんどらしいですが)過程で死亡することも多いのでしょう。なら、真っ当に稼げる人間がクローン人間の生みの親ということはほぼ無い。
この作品かなり「忌避感」には配慮されていて、例えば「臓器提供手術が失敗に近く、○○は苦しんだ」みたいなことでも「一度目の提供はひどかった」とやんわり包まれます。関係ない第三者が聞いたら何のことか分からないような言葉になります。
誰がどの臓器を現在失っているのかも描かれませんし、手術前後の描写もありません。
だからこそグロ苦手な私も読めてしまえたのですが、精神面での怖さ・残酷さ描写は容赦がないんですよね。
希望が与えられて、それが単なる噂だった時の空気の凍り付く感じ。
なんやかんやあって付き合うことはできたけど、「自分がもっと若くて臓器があって元気なら」というトミーの後悔の念。
もう止めてあげて…と思うんですが、でも主人公・キャシーの精神が強めなので読めてしまう。
全体的に暗さが漂っているわけではなく、結構淡々としている。
彼女は、傍観と生きることを諦めない微妙なバランスを持つ、凄い人物です。
「限られた命を精一杯」を実現する…彼女のように30代で亡くなると分かっていたら…と、人生を考えさせられる作品。
おすすめですので是非読んでみてください。
考察
- キャシー達が何故逃げ出さないのか?
- マダムとエミリ先生の人権活動が失敗に終わった理由
- タイトル『私を離さないで』の意味
を下の記事で考察しています。
もっと深堀りしたい人は是非読んでみてください。
紹介した書籍▼
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