佐藤春夫著作『田園の憂鬱 或は病める薔薇』。
静かな田舎暮らしを求めて妻や二匹の犬と越してきた、繊細な男の話です。
(精神的にゾッとくる描写多め)
この記事では、『田園の憂鬱』のあらすじを簡単に解説!
本文は文語的な表現やリズム感のある書き方が多いため、理解の参考にしてみてください。
目次
『田園の憂鬱』簡単なあらすじ

都会での生活に疲れた「彼」とその妻は、草深い農村の古い家へ、期待と不安を胸に引っ越してきた。
この家はかつて村の隠居老人が愛人のために建てたものらしい。
彼女は若い男と駆け落ちし、その後は貧しい百姓が住んでいたとか。
木々が生い茂り、自然の力が支配する廃園のような場所だった。
田舎での新生活

彼はここで新たな生活を築こうとする。
しかし心は都会で感じた孤独から完全に解放されることはなく、どこか満たされないものを抱え続けていた。
妻もまた、都会での生活を懐かしみながらも新しい環境に適応しようとするが、上手くいかない。
彼は望みをかけて庭を整えようとした。
薔薇の木を日光の下に出し、花が咲くことを願う。
これが咲けば、自分自身の再生にもつながる気がする……
夏から秋へ

季節は春から秋へと移り変わり、自然の景色も静かに変化していく。
夜になると秋の虫が鳴き、村の若者たちは祭りの準備を始めた。
田舎の日々は、都会とは異なる時間の流れを持っていた。
彼はそれを受け入れようとするが……やはり虚無感。
ある日、彼はランプの光に集まる虫たちを観察する。
その中で、一匹の馬追い(バッタの一種)が現れ、小さな虫を捕食する様子を眺めるうちに、人間の生の営みについて思索する。
しかしその馬追いも、ある日猫に捕まり……
弄ばれた末に食べられてしまう。
一部始終を見届けた彼は、「虫の生もまた苦しいものだ」と考え、自分自身の人生に重ね合わせた。
田舎暮らしの現実

田舎での生活は、決して理想通りには進まなかった。
都会の喧騒から離れることで得られるはずだった平穏は、彼にとっては退屈や虚無と表裏一体だった。
新たな環境が彼の精神を癒すどころか、むしろ内面の孤独や葛藤を浮き彫りにしていく。
創作意欲は空回りし、言葉を探しても何も生み出せず、家の設計図ばかり描く日々……。
妻もまた夫の孤独と向き合うことに疲れ、都会での生活を恋しく思った。
同じ空間にいながら、夫婦の心の距離はどんどん開いていく。
バッドエンドの結末

彼は薔薇の木がいつか花を咲かせることを願い、それを待とうとした。
しかし日々の繰り返しの中で、その薔薇の木の存在すら忘れかけてしまう。
薔薇の茂みには、もう花は一つもない。
残っている葉でさえ、虫に食われてボロボロになっていた。
「おお、薔薇、汝病めり!」
(おお、薔薇よ、お前は病んでいる!)
この言葉が彼を離さない。
自分が発しているのに。いや、自分は今日何も話していない……
天啓なのか? 予言なのか?とにかく、この言葉は彼を追い続ける。
どこまでも、どこまでも……。
登場人物おさらい

名前 | どんな人物? |
---|---|
主人公 | 精神的に不安定で幻聴に悩まされる。死への衝動を抱えている。 |
妻 | 所で火を焚きながら、東京へ戻りたいと考えている様子がある。 |
犬たち | 主人公にまとわりつき、吠え続ける。主人公の心の乱れを反映しているように描かれる。 |
猫 | 夕飯を催促する動物 台所で鳴く。妻が日常の生活を続けていることを示す象徴的存在。 |
【解説】精神的に病んでいる主人公
主人公「彼」の心の病や精神的な不安定さに、中々ゾワッとさせられるお話です。
彼の精神状態描写について、少し詳しく見ていきましょう。
フェアリイ・ランドの丘

彼は縁側から見える丘を「フェアリイランド(妖精の国)の丘のようだ」と表現しています。
おそらく農夫が丘を耕していて、耕した土が紫色に見える丘。
そしてその紫はどんどん増えていきます……
「いつかあの丘で首を吊るかもしれない」
彼はひときわこの丘に引き付けられていました。それは死の誘惑と同義でしょう。
緑と紫の不安をあおる配色。
他にも井戸の水、虫に食われた薔薇、風もないのに揺れる葛の葉など、主人公の不安定な精神を反映した自然描写が数多くあります。
「おお、お前は病んでいる!」

「おお、薔薇、汝病めり!」
(おお、薔薇よ、お前は病んでいる!)
最後9回繰り返される、狂気のこの言葉。
彼は薔薇を「自分の花」といい、自己投影していた節がありました。
つまりこれは
「おお、お前は病んでいる!」
と同義です。
自分に向かってこの言葉を吐くのもヤバいですが……
自分がこの言葉を吐いているのか、それとも頭の中で響いているのか、既によく分かっていない状態がことさら危険です。
薔薇は美しくも儚い存在であり、作中ではすでに枯れ、虫に食われています。
これは、彼の精神や人生が蝕まれていく様子も象徴しているのではないでしょうか。
また、妻は薔薇を台所の暗い片隅に、隠すように置いていました。
もう妻にとっても「彼」はそのような隠したい、表に出したくない存在なのかも知れません。
ランプに火を灯せない彼

そしてラスト。
彼はもうランプの火も灯せないほど精神を病んでしまいました。
マッチの火を擦った刹那に「おお、薔薇、汝病めり!」が聞こえてきて、そちらに気を取られる彼。
その内にマッチの火は消えて、彼は「この家は湿っぽくてマッチが腐ってしまったから火が付かないのだ」と思い……
何本も何本もマッチを擦るのです。
完全に狂ってしまっています。
まとめ

『田園の憂鬱』は、田舎に引っ越してさらに精神が病んでしまった男の物語でした。
主人公は、うつ病や精神疾患を抱えている可能性が高いでしょう。
薔薇への自己投影を中心に、主人公の心が壊れていく過程をじわじわと見せつける構成になっています。
静かな田舎の風景と狂気のコントラストが、恐ろしくも美しい印象を与えてくれます。
読後にじわじわと心に残る作品なので、是非よんでみてください。
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